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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)1100号 判決

控訴人 被告 織田久信 大新鋼材株式会社

被控訴人 原告 興津紡績株式会社 代表者 中川定一

訴訟代理人 金子新一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人両名の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人の方で、本件手形は満期に支払場所に提示して支払を求められたが、控訴人織田がこれを拒絶したことはこれを認める。被控訴人は控訴人織田に毛布を売り渡すに当つて控訴人織田だけでは資力信用が充分でないとして、控訴会社の営業目的と全然無関係であるのに控訴会社に裏書をさせたのである。従つて控訴会社に営業目的の範囲外の行為をさせたという手形法上の人的抗弁を主張するものである。本件手形の不渡によつて信用を傷けられるのは、手形振出人の控訴人織田と、手形の割引を受けていた被控訴人とであつて、控訴会社ではない。控訴会社は満期の前日被控訴人の希望に基き控訴人織田から支払猶予のため先日附の小切手の振出を懇請せられたけれども、これを拒絶したのである。それにもかかわらず、控訴会社が満期の翌日に至つて三十万円の残金を一ケ月後に支払うことを約するようなことは、特別の事情のない限り、とうてい考えられないことである。被控訴人は控訴会社が三十万円だけを支出すれば残金は被控訴人が銀行に振り込み、後日残金を請求するようなことはしないし、手形決済後手形は銀行に保管せられるので、手形による請求はできない旨言明したので控訴会社はこれを信用し、銀行についてもこの取扱方法を確かめたのであると述べた外、いずれも原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する。

証拠として、被控訴人は、甲第一号証から第七号証までを提出し、原審証人白川正雄、当審証人中川釈治の各証言を援用する。乙第一、第二号証及び第三号証の一、二の成立を認めるが、乙第四号証から第七号証までは知らないと述べ、

控訴人は、乙第一、第二号証、第三号証の一、二第四号証から第七号証までを提出し、原審及び当審証人鎌谷啓夫の各証言、原審及び当審における控訴人織田久信本人の各尋問の結果を援用する。控訴人両名として甲第一号証は成立を認めるが甲第七号証は知らない。甲第二号証から第六号証までは、控訴人織田としては全部その成立を認めるが、控訴会社としては知らないと述べた。

理由

控訴人織田が昭和二十六年十二月五日控訴会社にあて、金額百四十二万五千円、満期昭和二十七年二月五日、支払地及び振出地大阪市、支払場所株式会社大阪不動銀行戎橋支店と定めた約束手形を拒絶証書の作成を免除の上振り出したこと、控訴会社が右手形を被控訴人に裏書譲渡したこと及び右手形は満期に支払場所に提示して支払を求められたが控訴人織田がこれを拒絶したことは当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第一号証によると、控訴会社が右手形を被控訴人に裏書するに当つて拒絶証書の作成を免除したこと、被控訴人は右手形を株式会社神戸銀行大阪支店に裏書譲渡したが、更に同銀行から裏書譲渡を受けその所持人となつたことを認めることができ、控訴人織田においてその成立を自認し、控訴会社との関係では当審における控訴人織田久信本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証及び右尋問の結果によると、右手形は前示のとおり満期に支払を拒絶せられたので、被控訴人は満期の翌六日控訴会社から内金三十万円を受け取り自ら支出した百十二万五千円と合せてこれを神戸銀行に支払い、右手形を受け戻したものである事実を認めることができる。

控訴会社は右裏書は同会社の目的の範囲外の行為であり、被控訴人はこの事情を知りながら取得したと主張するから考えてみよう。会社の定款に記載せられた目的自体に包含されない行為であつても会社の目的遂行に必要な行為は、目的の範囲内に属するものというべく、又会社の行為がその目的遂行に必要であるかどうかは、定款記載の目的に現実に具体的に必要であつたかどうかの基準によるべきものではなくして、定款記載の目的から観察して客観的、抽象的に必要であり得るかどうかの基準に従つてこれを決しなければならない。もしそうでないとすれば、会社の行為がその目的遂行に現実に必要かどうかということは会社内部の事情であつて、第三者は容易にこれを知ることはできないのが通常であるから、この事情を調査した上でなければ第三者は安心して会社と取引をすることができないこととなり、とうてい取引の安全を期待することができないからである。(最高裁判所昭和二十四年(オ)第六四号昭和二十七年二月十五日判決大審院昭和十二年(オ)第一四七六号昭和十三年二月七日判決参照)

そして右にいわゆる客観的、抽象的に観察するには、手形の場合にあつては当該の手形行為自体を対象とすべきものといわなければならない。何故ならば、もしその手形行為の原因関係等をも対象に含めて、これが会社の目的の範囲内であるかどうかを定めなければならないものとすれば、それが会社の目的の範囲外である場合には、その事由はいわゆる物的抗弁にあたるから何人にも対抗することができることとなつて、とうてい手形の円満な流通を期することができないからである。

本件において成立に争のない乙第一号証によると、控訴会社の定款記載の目的は鋼材及び銑鉄等製鋼用原料の販売仲介とこれに附帯する事業であることが認められ、商品の販売仲介を目的とする会社が取引の必要上他人振出の手形に裏書することのあるのはいうまでもないところであつて、右手形の裏書もこれを客観的抽象的に観察すれば、控訴会社の定款記載の目的である銅材及び銑鉄屑等製鋼用原料の販売仲介とこれに附帯する事業遂行のために必要であり得る行為に属するものといわなければならない。従つて右裏書は控訴会社の目的の範囲外の行為であるとする控訴会社の主張は採用しない。

控訴人両名は、右手形については被控訴人との間に控訴会社が三十万円を支出し残額の免除を受ける旨の示談が成立したと主張するけれども、原審及び当審証人鎌谷啓夫の各証言、原審及び当審における控訴人織田久信本人各尋問の結果中控訴人主張のような示談成立した旨の部分は原審証人白川正雄、当審証人中川釈治の各証言と対照して信用することができない。かえつて前示甲第一号証、成立に争のない乙第三号証の一、二原審証人鎌谷啓夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第四、第五号証、前示甲第六号証、原審証人白川正雄、当審証人中川釈治の各証言、原審及び当審証人鎌谷啓夫の各証言の一部、原審及び当審における控訴人織田久信本人各尋問の結果の一部を総合すると、控訴人織田は資金の不足により右手形を支払うことができないことが満期前から解つていたので、その延期を求めるため控訴会社に先日附小切手の貸与方を懇請したが拒絶せられ、満期に支払場所に提示せられた右手形の支払を拒絶したのである。しかし被控訴人の方で控訴会社の裏書の責任を追求した結果、満期の翌日である昭和二十七年二月六日控訴会社は内金三十万円を支出し、被控訴人は自ら百十二万五千円を支出し右三十万円と合せて支払場所である株式会社大阪不動銀行戎橋支店における控訴人織田の当座予金口座に振りこみ、同控訴人の手形不渡処分の発表を免れさせた上被控訴人は控訴人織田振出の金額百四十二万五千円の小切手を大阪不動銀行戎橋支店に持参し、所持人神戸銀行に対する償還をし右手形を受け取つたものであつて、被控訴人の方で控訴人織田に対してはもちろん、控訴会社に対しても百十二万五千円の支払義務を免除したようなことはないことを認めることができるから控訴人の示談成立の主張も理由がない。

そうすると控訴人両名は合同して被控訴人に対し、被控訴人の右手形償還金額百十二万五千円及びこれに対する償還支払の日である昭和二十七年二月六日から支払ずみまで手形法に定める年六分の割合による利息を支払う義務のあることは明白であるから、控訴人両名に対する被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。そこで民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担について第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大野美稲 判事 熊野啓五郎 判事 村上喜夫)

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